なりふりかまわず

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Kamasi Washington

  内容に関係なくこれまで描いてきたジャズメンの似顔絵をこれからは載せていきます。

 

 

 

 

 今日書こうと思ったこと、やはり今日書こうと思います。

 

 おじさん週刊誌のうち週刊現代とポストの両誌は、ここ半年の内で完全になりふり構わず団塊の世代の為に特化したようですね。


 見事にその記事の内容が親が死んだらこれだけの手続きが必要になるとか、遺産相続のトラブルに備えて今から準備することはこれこれだとか、親が認知症になったとき、はたまた自分がそうなったときはどうすればよいのかとか、親の通帳の暗証番号だけは今から聞いておこうだとか、ほんと、毎号毎号、この両誌は競って書き連ねているのだけれど、しかしこの調子で書いていったらいつまで果たして材料が持つものなのか、他人事ながら気になってくるほどです。

 

 

 もう団塊の世代以外の読者はものの見事に切り捨てて、どうせ幅広い読者がこれから週刊誌を買い続けることなんかあり得ないのだから、団塊の世代の為の週刊誌としてなりふりかまわず特化して、団塊の世代と共に行ける所まで行って、その先はまあ10年から15年位は持てばそれはそれで結構、あとは野と為れ山と為れ、と腹をくくったのじゃないのかと想像されてくるほどなんですよね。

 

 

 新聞を読む若い世代も少なくなり、ましてや週刊誌などは、これ毎号結構な値段しますから、よほどの興味、関心がなければわざわざ買わないのは若い、高齢者関係ないですから、週刊誌の未来が暗いことは誰が見ても確実なわけです。

 

 それにしても見事な転身でした。

 

 でもいったいいつまでこの材料で読者を獲得し続けることができるのか、それが問題ですよね。