髪の毛がどんどん抜けてきて

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Ornette Coleman.

 

 

 

 

 カラオケが私の予想を超えてはるかに大きな津波となってススキノの飲み屋街に進出し、それに伴って段々とキャバレーでお金を使って遊ぶという贅沢もいつのまにか縮小気配をみせ始め、お店自体が閉店することが目につくようになり、いやでもこれからの先の身の振り方などもお互いに酒の席でも話題になるようになり、ただ好きだというだけでは生活できなくなることが明らかになってきたその頃のことだと思います。

 

 バンドマンのギャラもここ数年上がることなく、物価の値上げを考えれば逆に下がっているのではないかと思われるほどだったのですが、まだ結婚していない独り身のときには、まあ自分さえ食べていければそれでいいのですから、それほど切羽詰まった感覚にはならなくて、何とかなるだろうくらいの心構えでいたのですが、結婚して自分以外の人と共に家庭を支えなければならなくなると、さすがにそんな呑気なことは通用しなくなるのは当たり前で、実際にキャバレー自体が少しずつ姿を消し始め出すと、当然これでいいのかという自問自答も起きてきて、ちょうどそのような時にはお店の方でも生き残りを懸けて、何か変わったことをしようと考えたのでしょう、私たちバンドが掛け持ちしていた内の一軒が軍隊キャバレーなるものに模様替えしたことがありました。

 

 

 今までさすがにそんなお店はどこにもなく、第一軍隊キャバレーといったって、軍隊経験のある人だけを対象にするのなら、いくらなんでも毎日毎日大入りになるような人数の経験者がこの札幌にいる筈もないことは、誰の目にも明らかなことののように思われるのですが、切羽詰まった経営者にはそのアイデアが救いの神に見えたのでしょう、その路線に舵を切ってしまったのでした。

 

 私たちもそのお店に入ればいやでもそのお店の要求に応えねばならず、どうしてもいやなら契約の解除しかないのですが、もうその当時には自分たちの都合でお店を自由に替えられるほどの余裕はなく、止めるか続けるかの二択しかなかったので、さすがに仲間内で議論になりました。

 

 軍隊キャバレーのその中身はまだ十分には分かっていなかったのですが、その店名から推測すればまず演奏は軍歌が最優先になることは分かり切っているので、それでよいのかというということと、私たちバンドマンの制服もなにか将校なような服を着せられて舞台に立たなければならないような情報もあり、それってまるでチンドン屋じゃないかという強い抵抗の声も当然出て、受けるのか辞めるのか、勿論基本はバンマスが契約するのですが、メンバーが欠けたままではバンドにはならないので、この新しい、私たちから見ると、とんでもない新しいお店の営業形体を巡ってお互いに話し合うことが続きました。

 

 結果は一応メンバー全員辞めること無く、その軍隊キャバレーなるものにも行くことになったのですが、やはり予想通りの軍隊路線でした。

 

 さすがに開店から閉店まですべて軍歌ということはなく(それではダンスが踊れないので)曲に関してはまあ、軍歌が圧倒的に増えたけれど、ダンス音楽はダンス音楽として今まで通り演奏できたので、そう問題はなかったのですが、さすがに将校服に着替えるときには抵抗があって、掛け持ちの他のお店に行くときにはまたそれを脱がねばならず、面倒くさくもあり、他のお店のバンドマンにその服で会うときの恥ずかしさもありで、余計なストレスをため込んでしまったようなんです。

 

 

 いつからかははっきりと分からないのですが、とにかく朝起きて頭の髪の毛を触るとごっそりと髪の毛が次から次へと抜けてくるようになり、少し力を入れると簡単にまた続けて抜けるのでそこでやめるということを繰り返していた時だと思います。

 

 控室であるとき「おい、頭のてっぺんが薄くなってるぞ」とからかわれ、急いでトイレかなんかの鏡で確認すると、なんとはっきりと頭頂部が透けて見えるではありませんか。

 

 今まであんなに毎日毎日髪の毛が抜けていたというか、抜いていたのですから当然といえば当然なのですが、さすがに自分で確認するという発想が浮かんでこなかったものですから、こうして今人から言われて自分の頭頂部のその薄さを認めなければならなくなって、初めて事の重大さを悟らざるを得なくなってしまったのでした。

 

 

 これからの自分の将来への不安と現状の不満とが重なって大きなストレスになっていったのでしょうね。一度髪の毛が抜け始めると止まることなく、毎日毎日大量の髪の毛が抜け続けるものなのです。

 

 始めは事の重大さがわからなかったものですから、思い切り抜いていたのですが、さすがに段々気持ち悪くなってきて、でもやはり髪の毛に触ると抜けるのです。

 

 

  前にも書いたように私は天然パーマの豊かな髪の毛だったので、少しくらいの脱毛なんかとバカにしていたのですが、そういう甘い考えもあってか大した手当もせずにやり過ごしたことも、事を大きくした原因の一つだったと思います。

 

 早めに気が付いてもっと手当をしてやっていれば、と先に立たない後悔をしてみても始まらないのですが、今の自分の中途半端な禿具合をみると、どうしてもそう思ってしまいます。

 

 

 

 いう間でもなく、その軍隊キャバレーなる代物は長生きすることはなく、あえなく戦死してしまったのですが、当然ですよね。

 

 そんな軍歌ばかりがかかっているようなお店に何度も何度も足を運ぶような閑な人がいるわけがありません。

 

 最初だけは、おお懐かしいなとか思ってはみても、高いお金を使って郷愁を慰めてくれるにしては、中途半端でしょうし、それなら普通のキャバレーの方がまだ増しなのではなかったでしょうか。

 

 

 

 

 もうこの頃からバンドの行き先の見通しはどこまでも暗くなって行くばかりでした。