人の恋路を邪魔する奴は

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Art Blakey.

 

 

 

 

 

  やっぱり記憶が曖昧で、最初にピアノで入ったバンドのリーダーがもう一人いたようなんです。

 

 小樽で知り合ったテナーの人というのも果たして小樽だったのか。

 

 もう一人というのはギターの人で、その頃の私がメロディを聞いて「ああ聞いたことがある」と思うほどの「〇〇小唄」という歌謡曲を作曲した人で、その頃でも一応作曲家を名乗ってはいたのですが、流行歌の言葉通り、次から次へとヒット曲を出すことはよほどのことなので、まあ次のヒット曲を出せないまま、くすぶっていたというか、でもギターの腕前はそれなりなのでどこで繋がったのかは思い出せないのですが、とにかくテナーの人とギターの人の二人が時期をずらして我々のバンマスになったのだと思います。

 

 何回かその作曲家の家にみんなで遊びにいったのですが、まだ若い奥さんと幼い子供がいて、はっきり言って釣り合わない印象でしたが、奥さんは私たちバンドマンに対していつも丁寧に応対してくれ、お茶や食事なども多分出してくれていたのだと思われます。

 

 

 メンバーの名前はほとんどが姓の略称なのですが、一人「若」とあだ名された今でいう「イケメン」、その頃は「ハンサム」ボーイのドラムスがいて、この彼のあだ名通り誰が見てもいい男だったので、「若様」を略して「若」となりました。初めは

 

 ベースの「梶」は、その頃はやっていた吉田拓郎の歌真似が得意で、私は拓郎の名前くらいは聞いてはいても、曲は全く聞いたことがなかったので、初めは彼が作詞作曲したのかなと思ったくらいなのですが、彼がギターをかきならして早口でなにやら叫ぶように歌うその様子がおもしろく、だいぶ後になってその歌が拓郎の歌だったことを知って、ああそうなのかと感心した記憶が強くあります。

 

 その梶君がお店のホステス(私たちは社交さんと言ってましたが)の一人に惚れてしまって、みんなで冷やかしながら少しは応援もしていたのですが、基本、店の女の子には手を出すなというのがバンドに入ってすぐに教えられた手前もあり、私自身はいいのかなあという思いもあったのですが、昔から「人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んでしまえ」と言われているのですから、建て前はともかく、仲間の一人として彼の恋の成就せんことを酒の肴にしていたわけです。

 

 彼が恋したその社交さんは間違いなくお店の中では群を抜いてきれいな目立つ人で、しかし彼よりはずっとずっと年上の女性で、確かに人を好きになるのに年齢の制限などはないのですが、まあ普通には成就することが難しいと誰もが思う恋だったわけです。

 

 始めは冗談に近く聞いていたのですが、酒を飲みながらみんなと話ししているうちに、段々これは本気で惚れているのだなと分かって来て、しかしそのことを直接彼女に伝えるのにも潮時というのがあるだろうし、ということでなかなか一筋縄ではいかなかったのは当然なことでした。

 

  

 東京で初めてバンドに入った時にまず注意されたことは、上にも書いたように「店の女の子には手を出すな」ということで、何しろキャバレーの主人公はそれぞれの社交さんなので、私たちバンドはいわば彼女たちとお客さんを楽しく遊ばさせるための裏方なわけですから、その大事な商品である女の子に手をだすことは当然ご法度のわけで、もし万が一恋仲になったのでしたら、結果として同棲することに落ち着けばそれはそれで認められるのでしょうが、ただの遊びは固く禁じられていたのでした。

 

 

 段々彼の思い方が強くなってくるに随って、私たちもなんとかしてあげたいと冷やかし気分から本気になってきて、随分と年上の彼女ではあるけれど、彼がそれでよいのでしたら傍がとやかくいうことではないので、彼の恋のキューピッド役、橋渡しを演じなかればと考えているときに、本人の彼が恋する彼女に打ち明けたようなんですね。

 

 多分、気持ちは嬉しいけれど私はあなたより随分年上なので諦めてください、というようなことを言われたのだと思います。

 

 誰が見てもそう言って断られるのが普通だと思える彼の恋だったからです。

 

 酒の席でもそのようなセリフを彼が口にしていましたので、まあ、そうだったのでしょうね。

 

 

 吉田拓郎の歌まねが得意な、またその歌が拓郎とそっくりだった彼の恋はとうとうかなわぬままに終わってしまいました。