バンド言葉
バンドに限らず、水商売というか広くは映画、テレビ、演劇の世界なんかもリアルタイムの朝夕に限らず、真夜中でも仕事始めに人と出会うときには「おはようございます」と挨拶をする習慣があるようです。
誰でも最初にはびっくりもし、違和感を持ちますが、習慣というか馴れというのは怖ろしいものですぐそのスタイルに馴染んでしまうものですね。
バンドに入って私は運よく二人の先輩から物心両面に渉って面倒をみてもらうような幸運にめぐまれ、なんとか東京での生活を乗り切れたのですが、その内の一人の人が江戸っ子気質というか、話し方といい、その態度といい、いかにもなるほどなあと納得するような性格で、バンドの身内にしか通用しない符牒、仲間言葉はその人から直接伝授されたのでした。
大原則は単語をひっくり返す、あるいは途中で二つに分割してそれをまたひっくり返す、(不規則に)ある語を抜いてしまう、というところでしょうか。
今、実例をお目にかけます。
「だりひ」の「ジャーマネ」の「蝶タイ」、「れーた」だね。
翻訳すると
「左」にいる「マネージャー」の「蝶ネクタイ」が「垂れて」いるね。
となります。
こういう暗号みたいな隠語というか符牒はバンドマン同士では、もうすっかり市民権を得て当たり前になってしまっている言葉をのぞいては、普通使わなかったように思います。
バンドマン以外の人がいて、その人あるいはその人達に知られては都合が悪いというような場面で使われることが多かったのじゃないかな・・。
だから電車に乗っていて、ちょっと品は悪いのですが、こういう会話を今でも覚えています。
「だりひのなおんのぱいおつなかなかかいでだよ・・」
翻訳すると
「左の女(女性)のおっぱい、なかなか大きい(でかい)よ・・」
他の乗客に聞かれても、まずその意味が通じるということはないと思われますし、もし通じたらそういう世界の人の一人なんですから、きっと黙って聞いてしらんぷりしているでしょうし、だから、公然と話すのに都合が悪いような場所であっても、二人で会話ができるという非常に便利な面が、この見内だけに通じる符牒としてのバンド言葉にはあるわけですね。
私が50年以上の経っているのに、上の品の悪い会話の内容を覚えているのは、自分にとってはショッキングな出来事だったからでしょうし、なぜそうなのかは、白昼の不特定多数の中での公然たる会話だったからなのでしょう。
大体、人の名前は省略されて二文字になることが多かったように思います。
「竹田」さんならば「竹やん」あるいは「竹ちゃん」ですね。
親しみをこめて子供ぽい言い方になってしまう習慣があるようなんです。
面と向かって私のことを「ゆー(you)はどこから来たの」と言われて驚いたこともありますし、そう言う自分のことを「みー(me)」とは言わないんですが、この辺はごちゃまぜなんです。
まあ、それぞれの口癖、馴れとしか言いようがありません。
楽器の名前を言うときには楽器そのものを指すこともあれば、その楽器の演奏者を指すこともあり、それは前後の文脈から自然に判明することなので、間違うことはありません。
ピアノは「ア」がなまって「ヤノピ」。
ベースは「スーベー」。でも、これはあまり使われなかったように記憶してます。
ドラムスは日本語で「太鼓」あるいは素直に「ドラム」。
トランペットは略して「ペット」。
サックスはどういう訳か「サックス」。
サックスにはアルトとテナーの種類別があるのですが、それはひっくり返さないでそのまま使っていたように思います。
トロンボーンはそのままだったような、・・「ボーン」と言った記憶がありません。
ギターは「ターギ」。
バンドマスターは略して「バンマス」、もっと略すと「スーバン」になるのですが、これは割と多くの人が使っていたように記憶しています。
このバンド言葉を嫌う人も結構いて、控室で符牒を使って盛り上げる必要性はないので、仲間内の会話は普通だったように思いますね。
今日はバンド仲間の独特の言葉使いについてでした。