砂漠に於けるレクイエム

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Charles Gayle.

 

 

 

 

 

 

              <第一章>

 

                〇

 

たとえば

雪のふりしきるある朝

ふと 僕らは肩でいきをする

その時

僕らの目には決して見えず

決して聞こえず

ましてや肌で感じることのできない

はるかな天空の一隅に

今しも 流れ星がきらめき落ちつつある

そうかもしれない

 

その時 その一瞬が

どんなに僕らの感覚を超えていたにせよ

僕らはなぜか

ふと 肩でいきをする

なぜともしらず

ほっとためいきをもらしてしまうのだ

 

たとえば

黄昏のあるひと時

名もない悲しみが僕らをおそう

その時

どこか知らない異国の上で

一人の老人が行き倒れつつある

そうかもしれない

神に祈り 果敢なく飢えて死んでいく

一人の老人の涙が

僕らを包み込む

僕らの五感は老人の涙を知ることはできないけれど

この名もない悲しみは

僕らをとらえてはなさない

 

たとえば

僕らは真夏の空をあおぎみる

その余りのまぶしさに

僕らはふと目をそむけてしまう

その時 それは

説法に歩き疲れた釈迦牟尼

目であるかもしれない

幾多の戦場にうちすてられた声のない

戦死者が見ている青空であるかもしれない

そうかもしれないのだ

僕らの肌はたくましく日に焼け

生命の満ちあふれるその時に

なぜか 余りのまぶしさに

ふと 僕らは目をそむけてしまうのだ

 

たとえば

野を行く僕らは 名もしれぬ花を摘む

その時

数十億光年の宇宙の果てで

今 一つの星がしづかに燃えつきつつある

そうであるかもしれない

無量の生と死の舞台であった

一つの輝ける星が

苦役に満ちた業をひきつれ

今また新たな転生へと生まれつつある

そうであるかもしれない

けれど

僕らの前には 蝶が飛び 緑野が広がり

僕らはそっとその可憐な花を摘んでいく

 

         〇

 

遠い白さのあぶりでるその時刻

人は黙して語らない

街路には生物の影はなく

ただ

透明なガラスの破片が虹をつくるばかり

 

         〇

 

光り輝くこの世界において

永劫の日輪があまねく三千大世界をてらしだし

無量の菩薩が見守るこの世界において 殺人が行われ 強姦が行われ 略奪が行われ 裏切りが行われる

人々は透き通ってあり

みがきあげられた宝石と等しく

無機質の輝きを持つ

すべてが すべての反映であり

実在の結晶であり

円は解き放たれる

幼子の脳はとびだし

老人は生き埋めにされ

たくましき戦士は串刺しとなり

乙女はその裸体を蒼穹の下で押しひろげられ

幾多の歴史を生きた古城は焼き払われる

見よ

その時何変わることなく世界は光り耀き

雪は銀白のラーガを奏で

打ち寄せる波は永遠のリズムを崩すことなく

寄せ返し 砕け散り 砂をかみとっていく

今 世界は美しい

今 世界は透き通って落日に照り映える

今 世界は歌う

  虐殺を 飢餓を 恐怖を 不安を

  法悦を 怠惰を 革命を 輪廻を

 

世界は歌い続ける 輝き続ける

いつ果てることも とどまることも知らぬげに

世界はきららかにまわり

詠い続け

耀き続ける

              永劫に・・・・・・

 

 

 

 

            <第二章>

 

蘭の咲き乱れる庭園を前にして

いましも皇帝の清麗な額に

深い一本の皺が浮かび出た

陽は高く 白亜の宮殿をおそれるかのように

彼方には蜃気楼が浮かび上がり

異国の楽人の奏している琴の音が

白日の夢を誘うが如くかすかに流れてきている

 

俗悪な匂いも 生活も

ここ宮殿には届くことがなく

皇帝は日夜

音楽と祭り事と数学に没頭していた

 

今 皇帝は一つの幾何学の問題を解きえずに

彼の愛する庭園へと足をのばしたのである

きららかに輝き すみわたる蒼空のもと

入念な人工的手工をほどこされた

シンメトリックな蘭と白砂の庭園は

開展されている

 

皇帝は けれど

その時一つの夢を見たのである

黄緑に染まった大気が宮殿をつつみこみ

二日月の先端からは細いひとしずくの鮮血が

大気をきりさきながら

彼の唇へと達したのである

 

今 時はなく

透き通った皇帝は彫像と化す

 

 

 

            <第三章>

 

 

豪奢な砂漠の落日に強姦される

キャラバンのシルエット

 

 

 

 

            (昭和46年・群馬県水上にて)