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Thelonious Momk.

 

 

 

 

 

 

 前回は懐かしくも心の温かくなる想い出だったのですが、こうして書いていると思い出したくない負の遺産がいつのまにか現れてきて、書くということは正負それぞれの面が嫌でも出てくるのだなあと思い知らされています。

 

 

 今まで心の奥に押し込めていたその負の記憶というのは、「首」になったということなのです。

 

 

 バンドでは、そのバンドを辞めて他へ移る時には基本的には一か月前、最低でも半月前にはバンマスに通告しなければならない、というルールというか仁義があって、給料も月給ではなく半月ごとに支給されるのがまあ普通で、たまに一か月に一度ギャラをもらうと調子が狂ったものです。

 

 ギャラの件はさておいて、こちらが辞めるときには今言ったように余裕を見て一か月前、ぎりぎりでも半月前にはそのことを通知しなければならない、ということは逆に言うとバンマスがこちらを首にしたいと思ったときには、こちら側に一か月前、少なくとも半月前には通知しなければならない筈です。

 

 それなのにその時、私は全く突然首になったのです。

 

 一度アルバイトとして一か月くらい清掃業務の仕事をしたことがあります。

 

 その時のことを思い出してみると、多分そのときだったのでしょう、まだ立ちん坊としてろくに音も出ないくせに、ステージに上がらせてもらっているときのことだと思いますが、どこかのバンドからこちらにこないかと話があって、そしてギャラも少し高くなっていたのでしょう、私としては恩を忘れたわけではないけれど、同じような内容なら、また違うバンドもいいのかなという気持ちにもなって、きっと一か月前にはバンマスに辞めたいと言ったのだと思います。

 

 バンドには福利厚生は一切なく、現金でもらう給料が全てなのですから、原則移動は自由で、逆にいつまでも一つのバンドに居続けること自体が不自然と見られるくらいなのですから、トップの人から足で蹴れるようなぺーぺーのセカンドでも、新しいバンドに移ることはなんら咎められる行為ではない筈だったのですが、そこのバンマスには面倒みてやっているのに、もう移りやがってというような思いがあったのでしょうか、月末の給料日の当日に「明日から来なくてよい」と宣言されてしまったのでした。

 

 

 私が首になるというのは、バンド全員ではなくとも少なくともトップの人には伝えられていた筈ですが、もちろんそんなことを口にする筈もなく、私はその冷酷な宣言を衝撃と共に受け入れるしかなかったのです。

 

 労働基準局なんていう役所の存在自体知らなかったのですから、もう来なくてよい、と言われれば言われたほうが悪いのであって、後は野と為れ山と為れ、の諺そのものです。

 

 

 心に激しい衝撃と冷酷な言葉をしまいこんだまま、ラッパをケースにしまい、後は多分何もなかったと思いますが、ロッカールームから上着でも取り出して帰ることになったのではないかと思うのです。

 

 

 

 とにかく首になったのです。もう明日からここに来ることは出来ないのです。

 

給料はその月の半月分をもらっていますが、来月までの一か月まるまる仕事が無い状態では、今の家賃も払えません。

 

 アルバイトといっても、すぐ雇ってもらえる職種として喫茶店のボーイというのを以前経験してますが、それだと長髪、メガネの人は断わられるのがわかっているので、他を探してみたのですが、こちらに都合のよいような職種などなくて当たり前、でも清掃業のアルバイトが見つかって、期間も今月一杯ということで採用してもらったのだと思われます。

 

 

 ビルの屋上で夏のビアガーデンをやっていて、そこにテーブルとイスを形よく並べていく作業があったのですが、どちらかというと潔癖症の私は、そのテーブルとイスを自分なりに納得いくまで綺麗に並べていかなければ気がすまないこともあって、いつもその作業には時間をかけていたのですが、どこかでその作業を見ていた清掃会社の幹部の人からある日、あなたはとても綺麗な丁寧な仕事をするから、うちの正社員にならないかと声をかけてもらったことは忘れられない出来事です。

 

 なにせ、つい先日お前はいらないと無常に首を斬られたばかりだったのですから、その優しい言葉には深く慰められたのに違いありません。

 

 

 しかし、私のやりたいのはバンドだったので、有難いけれどもその話はお断りしました。

 

 

 

 無事にアルバイトも終わり、約束した次のバンドへと移ることになりました。